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質問

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江戸時代は要所々に「木戸」がありましたよね?何か有事の時には木戸番が木戸を閉めていました(時代劇とかですが)。
木戸を超える仕事・用事とかで出かけて、有事で木戸が閉められてしまった場合、その人たちはどうするのですか?
昼間は暇が潰せても、夜とかの場合、どこかの宿屋に泊まったのでしょうか?
身元が確かで知り合いとかなら(頼めば)木戸番が門を開けてくれたのでしょうか。。。

  • 質問者:今更ですが。
  • 質問日時:2014-12-24 23:21:38
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病院の夜間通用口を想像して下さい。
木戸番に事情を話して通して貰っていました。
大勢の盗賊が通り抜けたりすると困るので、潜り戸からの出入りです。
送り拍子というのを通る人の数だけ鳴らして(拍子木を打つ)、
次の木戸に合図していました。
医者や産婆などは顔パスです。

  • 回答者:とんとん (質問から3日後)
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とても参考になり、非常に満足しました。回答ありがとうございました。

木戸は午後10時頃に閉めるので、それ以降の通行については、通行手形がある人・身元が確かな人・木戸を管理している木戸番の人が知っている人・医師・産婆などであれば通ることができました。
木戸の周辺には、安く泊めてくれる旅籠・木賃宿があり、遠方から来た人・通行手形もない人・身元が分からない(木戸番の人が知らない)人などは昼間しか通れないので、そういう人達が泊まっていましたが、当時は野宿することは珍しいことではなく、金もなく(または事情があって金銭が使えない)宿に泊まれない人の大半は外で野宿して、午前5時頃に開くまで木戸の前で待っている人が多かったです。
有事(盗賊・罪人・不審者などの通行・逃走を防止)の時には木戸を閉めていましたが、江戸時代の中期頃になると、商人・人足・行商などが米や物資を運んだり、町人・飛脚の往来が盛んになったことで、一部の木戸は廃止になり、木戸がある場所でも有事の時は昼間は開いており、有事の時は木戸で木戸番と役人が見張り、身元確認をしながら人を通していました。
ちなみに、木戸を管理する木戸番の人は、火事があった時は半鐘を打ったり町中を走って火事であることを伝える役割も担っていたので、夜毎に拍子木を打って「火の用心」と言って歩き夜警をして、木戸番の人を「火の番屋」とも呼ばれており、木戸番の家族(親族・妻子)は火消・役人・火事で被害があった人のために炊き出しをしたりしていました。
あと、木戸番の人は収入が少なく、木戸番の仕事だけでは食べていけないので、木戸の番小屋の軒先で、木戸番の家族が草履や駄菓子などの売店を出して生計を立てていました。

  • 回答者:とくめい (質問から8時間後)
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とても参考になり、非常に満足しました。回答ありがとうございました。

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