すべてのカテゴリ » 知識・教養・学問 » 教養・マナー » 一般教養・雑学

質問

終了

四国は西国八十八ヶ所で、お遍路さんがたくさんおられました。
西国とはどのような意味なのでしょうか。

西国という名称が付いたのは江戸時代の頃となにかで見た覚えがあります。つまり江戸の人が伊勢参りのあとまわったのが今の順番になったみたいで1番那智の青岸渡寺からスタート33番美濃の国谷汲の華厳寺で終わって江戸に帰る。江戸から見て西にあるから西国になったようです。
ちなみに現在の10番札所三室戸寺を最後とするルートも過去にあったようです。

ついでの話しですが、9月から22年5がつにかけて全寺院が結縁本尊御開帳が始まりました。普段は秘仏で拝むことができない御本尊に対面することができます。その最たる所は217年振りとか、数十年振りという寺が多く行ってみようと準備中です。なにしろ開帳時期がバラバラで順番では回ることができません。でも是非巡拝をしたいとおもっています。

この回答の満足度
  
とても参考になり、非常に満足しました。回答ありがとうございました。
お礼コメント

紀伊半島も学生時代にゆっくりと回ったことがありましたが、景色だけ見ましたので、次回は心の旅をするのに行きたいですね。
ありがとうございました。

並び替え:

西国は、箱根の西側。
逆の東側は
坂東巡りです。

この回答の満足度
  
参考になりました。回答ありがとうございました。
お礼コメント

御回答ありがとうございました。

平安時代の区分名だと思います。
京都から見て西側を一括して西国と呼び、境界は当時「逢坂(おうさか)の関」という関所があった所から西側です。今の四国、中国、九州地方の総称です。
ちなみに今の三重県に「鈴鹿の関」という関所があり、そこから東側が東国。
現在の北陸、信越地方は北国(ほっこく)。
現在の東北地方は「陸奥(みちのく)」と呼ばれていました。

  • 回答者:joker (質問から14時間後)
  • 0
この回答の満足度
  
参考になり、満足しました。回答ありがとうございました。
お礼コメント

歴史の重みを感じる説明をいただきありがとうございました。
期待以上のうれしい御回答をいただき感謝です。

天竺のことです。   

  • 回答者:知識人 (質問から4時間後)
  • 0
この回答の満足度
  
やや参考になりました。回答ありがとうございました。
お礼コメント

私も気持ちの一部にはありましたが。

四国在住です。
巡礼の際に使う「西国」は一般には「西国三十三ヶ所」をさします。
近畿2府4県と岐阜県に点在する33ヶ所の観音霊場です。
「西国」とは日本の西日本諸国を表す言葉です。
四国八十八ヶ所のことを西国八十八ヶ所と言う場合もありますが、
この場合の「西国」も日本で西に位置しているからだと思われます。

  • 回答者:お助けマン (質問から37分後)
  • 0
この回答の満足度
  
参考になり、満足しました。回答ありがとうございました。
お礼コメント

鳴門市に3ヶ月ほど滞在したことがあり、休日の間まわりました。
次回はゆっくりと歩いてみたいです。
ありがとうございました。

日本の中で西の国という意味です。
ただ、境ははっきりしません。
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C0%BE%B9%F1

  • 回答者:Sooda! ちゃん (質問から5分後)
  • 0
この回答の満足度
  
参考になりました。回答ありがとうございました。
お礼コメント

早速のお返事ありがとうございました。

関連する質問・相談

Sooda!からのお知らせ

一覧を見る