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白鳳 の連勝がストップした時に、解説者が、(もっけい)が どうとか言っていましたが、どういう意味でしょうか? ご存知の方教えて下さい。

  • 質問者:とくちゃん
  • 質問日時:2010-11-17 22:05:42
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◇双葉山と木鶏
 昭和14年 1月15日、前日まで前人未踏の69連勝という大記録を打ち立ててい
 た不世出の大横綱双葉山が安藝ノ海に敗れ、連勝の記録が止まりました。

 70連勝の大台を目前に双葉山が敗れたことで、大騒ぎする周囲をよそに、約
 3 年ぶりに黒星を喫した双葉山は、常と変わらず表情も変えず一礼して東の
 花道を引き揚げていったそうです。男女ノ川関(横綱)はその様子を見て、
 「あの男は勝っても負けても全く変わらない」と周囲に語っています。

 連勝が止まったこの日、勝っても負けても変わらない男と呼ばれた双葉山が
 行った、ただ一つ普段と変わったことは、電報を打つことでした。
 宛先は、双葉山の親友でありかつ双葉山が師事していた陽明学者の安岡正篤
 氏の門下でもあった、中谷・竹葉両氏。その文面は、

  「イマダ モッケイタリエズ フタバ」 (未だ木鶏たり得ず 双葉)

http://koyomi.vis.ne.jp/doc/mlko/200801160.htm

  • 回答者:匿名希望 (質問から5分後)
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「木鶏に似たり」とも言います。
真に強い闘鶏はまるで木で作られた鶏のようだと言うことです
木で作られた鶏には敵意が有りませんから
敵意がないものに対してこれに反抗する敵もまたありません
無心で対することが物事を処理し、困難を乗り越える最良の道であるという例えです

===補足===
われ未だ木鶏たりえず
前人未到の69連勝を続けていた双葉山が安藝ノ海に敗れたのが、昭和14年一月場所
四日目、実に3年ぶりに黒星を喫したにもかかわらず、この日の双葉山はまったくいつもと
変わるところがなかったそうだ
館内の騒ぎも意に介さず、普段通り土俵に一礼した後、東の花道を下がっていったという
その日の夜、双葉山は知人に充てて電報を打っている
「われいまだ木鶏たりえず」
木で作った鶏のように無心の境地に至れなかった自分をいましめ、さらなる精進を誓った言葉である
連勝がストップしてもまったく動じなかった土俵態度、そして短い電文に込められた土俵への思い
孤高なまでに相撲道と向き合い、己の限界に挑み続けた双葉山の実像に迫る一言であるといえよう
名言集
http://sumo.goo.ne.jp/ozumo_joho_kyoku/yomu/003/011.html
他の双葉山の名言
「稽古は本場所のごとく、本場所は稽古のごとく」
「相撲ぐらい怪我をしないスポーツはない」
「相撲は体で覚えて心で悟れ」
「勝負師は寡黙であれ」
「一日に十分間だけ精神を集中させることは誰にでも出来るはずだ」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%8C%E8%91%89%E5%B1%B1%E5%AE%9A%E6%AC%A1#.E5.8F.8C.E8.91.89.E5.B1.B1.E3.81.AE.E5.90.8D.E8.A8.80
木鶏
木鶏とは、荘子(達生篇)に収められている故事に由来する言葉で、木彫りの鶏のように全く動じない闘鶏における最強の状態をさす
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%A8%E9%B7%84
横綱白鵬が到達しえなかった「木鶏」の境地とは
http://www.zakzak.co.jp/entertainment/ent-news/news/20101117/enn1011171511011-n1.htm
熱狂、名実況、「木鶏」…=双葉山が負けた日-大相撲九州場所2日目
http://www.jiji.com/jc/c?g=spo_30&k=2010111500706

  • 回答者:匿名 (質問から6分後)
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